世界農業遺産「能登の里山里海」ライブラリー
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里山保全の取組と生物多様性

ビオトープ活動と生きもの調査

1)概要及びGIAHS的価値について

 ビオトープ(Biotop)は、ギリシャ語のBio(生命)とtopos(空間)を合成した言葉で、「生物の生息・生育環境」という意味を持つ。ビオトープには、水辺ビオトープや森林ビオトープ、水田ビオトープなどさまざまな環境タイプがあるが、一般的には失われた野生の生態系を復元するために、人間が人工的に作り出した環境や空間のことを「ビオトープ」と呼んでいる。

 

 能登の里山里海は、森林、ため池、水田、小川などがモザイク状につながり形成されており、こうした環境のつながりを拠り所とする生態系ネットワークの中で、絶滅危惧種や希少種を含む多様な生き物が生息・生育している。しかし近年、温暖化、耕作放棄地の増加、水路のコンクリート化、里山の手入れ不足、外来種の増加など複数の要因により、生態系ネットワークの劣化や分断、喪失が起こり、生き物の生息環境が大きく変化している。能登各地では、現在、生態系ネットワークに配慮した水田整備事業や地域の里山保全活動として、市民と行政が一体となったビオトープづくりがすすめられている。

 

 また、身近な生活圏に生息する生き物の価値には気づきにくく、多様な生き物の生息・生育状況を把握するには、多くの労力が必要とされる。能登各地では、地域住民の参画による生き物調査も実施されており、生物多様性への関心・意識を高めるとともに、生態系の現状把握や環境教育に役立っている。

 

2)背景(経緯〜現状)

ビオトープは、1980年代後半、身近な自然の荒廃を防ぎ、改善していくための解決策のひとつとして注目されるようになった。日本のビオトープは、ゲンジボタルやトンボといった伝統的な農村環境で生息していた生物を象徴種として掲げ、その復活を目指すものが多い。

 

 多くの水田やため池がつくりだす能登の特徴的な生態系はこれまで多様な生き物を育んできたが、近年は、農業従事者の減少により、耕作が放棄された水田や維持・管理が行き届かなくなったため池が増加している。

 

 石川県では、水田整備に関して「いしかわほ場整備環境配慮指針」に基づき、水田の身近な生物や代表的な保全種について、ほ場整備事業の計画から実施までの各段階で配慮すべき点が指針としてとりまとめられた。現在は、同指針に従い、計画から施工の各段階で、市民参加型の生き物調査やコンサルタント、大学などの専門家による詳細な生物調査が行われている。

 

 また、多面的機能支払交付金(農地・水保全管理支払交付金)においても、農村環境の保全向上を目指した生き物調査がメニューとして加えられており、行政、地域住民、教育機関、研究機関、NPOなどの多様な主体が生き物調査を実施している。

 

3)特徴的な知恵や技術

@事例:ビオトープ活動、生きもの調査(輪島市)

 輪島市小池町では、棚田での米づくりや生態系の保全、洪水調整の機能などについて理解を深めることを目的に、学校教育の一環として、ビオトープ「西小ふれあいの池」が整備されている。また、児童によりビオトープ周辺へのシバザクラの植栽も行われている。ビオトープの完成にあわせ、ため池に生息しているフナやドジョウ、ミズカマキリ、ゲンゴロウなどの生きもの調査も行われ、農業や人々の生活、ため池の関係についても学習が行われている。


 
写真 輪島市ビオトープ活動   出典:輪島市ホームページ、ウェブナチュラ

 

A事例:ビオトープ活動、生きもの調査(珠洲市)

 珠洲市では耕作放棄地を活用してビオトープが整備されている。平成18(2006)年10月、雁ノ池周辺の耕作放棄地を活用し、地元の元教員、住民、金沢大学地域連携推進センターがビオトープづくりを行った。その後、NPO法人能登半島おらっちゃの里山里海が活動を引き継ぎ、里山保全活動や環境学習を実施している。水辺のビオトープでは、絶滅危惧種であるシャープゲンゴロウモドキやマルコガタノゲンゴロウなどの水生生物が戻ってきている。

 

 珠洲市三崎町小泊の耕作放棄地を活用したビオトープ水田では、化学肥料や農薬を使わない環境に配慮した米づくりが行われており、小学生など地域住民も参加して活動が行われている。また、環境学習として、能登の小・中学校を対象とし、保全林やビオトープ水田での生きもの観察会が行われている。保安林での観察会では、人が手を入れることで光が差し込み明るくなったアカマツ林で、花やキノコの観察が行われた。

 

  金沢大学と共同で作成された「能登のいきもの大図鑑」は、A4サイズの下敷きになっており、間違えやすい甲虫とカメムシなどの水生昆虫や能登のカエルの見分け方が写真入りで印刷されており、屋外で生き物を観察する際に筆記用具としても携帯できるため、現地で生物名や特徴を確認できる点で非常に便利なツールとなっている。

 

 

写真 能登のいきもの大図鑑

 

4)生物多様性との関わり

 ビオトープ活動により、失われた生態系が一部、復元の兆しをみせているほか、ビオトープづくりや生きもの調査を通じ、小学生や地元住民が身近な生き物への関心と生物多様性への理解を深めている。また、水田の生きもの調査では、化学肥料や農薬の使用を低減することで、生き物の種類や数が増えたと実感する農家も多く、鳥の餌場になる空間を水田の隅につくるなどの工夫や環境配慮型の農業を試みようとする農家も現れている。

 

 生態系の復元効果をさらに高めるためには、各地に相当数のビオトープが必要となり、誰がつくり、維持管理するかという点が課題となるが、能登の生物多様性については、現況自体が不明な個所も多く、専門家も交えた詳細な分布調査や、地元住民による経年調査も重要である。

 

5)里山里海との関わり

 人の手が入らなくなった耕作放棄地やため池を活用したビオトープづくりは、多種多様な野生生物が生息する環境を維持するためには欠かせない。また、専門家などによる学術的な研究データの収集だけでなく、地域住民が実施する生きもの調査は、里山里海に対する関心を高める作用もあり、重要である。さらに、保育所・幼稚園や小学校など、幼少期の子どもにとって、ビオトープづくりや生き物調査は、情操教育に効果があるとともに、地域の里山里海を保全していく将来の担い手の育成にもつながっている。