世界農業遺産「能登の里山里海」ライブラリー
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景観

内浦の景観

1)概要及びGIAHS的価値について

 能登半島の東側、富山湾に面した沿岸域は、内浦と呼ばれ、外浦ほど荒れることがなく、年間を通して比較的穏やかであり、近海で暖流と寒流が交わるため、好漁場となっている。沿岸では、定置網漁が盛んで、カキ棚やイカ釣り漁船も見られる。

 

 内浦の中央に位置する七尾湾は、内湾で、三方を陸に囲まれ、湾内には、能登半島に抱かれるように能登島(七尾市)がある。七尾湾は、能登島により、3つの水域(北湾、西湾、南湾)に分けられる。冬でも波穏やかな海域であり、年間を通じて漁が行われる。能登島周辺の海岸は珪藻土が多いため、浸食を受けやすく、沿岸の地形や風景は変化に富んでいる。

 

 内浦に面した陸域は、気候が穏やかで、豪雪地帯からは外れ、なだらかな丘陵地が続き、畑作が盛んである。中島菜や沢野ゴボウ、トマトなどの能登野菜の生産や酪農のほか、ワイナリー用のブドウ栽培も行われている。

 

 沿岸の須須神社(珠洲市)や唐島神社(七尾市中島町)、円山(加夫刀比古神社、穴水町)では、タブノキなどの温帯性常緑広葉樹の原生林が茂る「鎮守の森」が見られ、海を背景として、水田に囲まれ、あるいは漁村のはずれにあったりと、重要な景観要素となっている。これらの鎮守の森は、伐採禁止の神聖な森として、地域の信仰を集めるとともに、航海の目印や魚附林としての機能も果たしている。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内浦の大まかな景観パターンは、穏やかで年間を通して漁が可能な「天然のいけす」ともいうべき海域を前景に、沿岸部に、神社林と漁港を中心とした集落が点在、周辺には、水田、能登野菜などの多種多様な畑作地が分布、背後に広がる山地には、スギ、アテの人工林、コナラ林、アカマツ林(赤土)が広がり、海岸の風衝地にはケヤキ林が広がるというものである。

 

 また、海域には、能登島や机島(いずれも七尾市)などの島々が浮かぶほか、空気が澄み、よく晴れた日には、富山湾の向こうに立山連邦を望むことができる。内浦を代表する景観としては、穴水湾(七尾北湾)、七尾西湾、富山湾側の能登灘浦があげられる。

 

2)背景(経緯〜現状)

@穴水湾

 ・里山―半農半漁集落と畑作の風景

 穴水湾(七尾西湾)の海岸線は、多くの小さな湾が入り組み、湾のくぼみには、黒瓦の民家が寄り添う。志ヶ浦や新崎、乙ヶ崎、比良、岩車、鹿波、曽良(いずれも穴水町)などの集落が形成されており、その多くには漁港がある。人々は、前面に広がる「天然のいけす」で漁業を営むとともに、後背地で田畑を耕し、米や野菜を得ながら、半農半漁の自給的生活を送ってきた。

 

 海に面しない山間の集落では、かつては、広大な落葉広葉樹林を利用して、炭焼きが盛んに行われていた。山地部分は、西部の桑塚山(409m)、河内岳(398m)、北部の木原岳(277m)、東部の二子山(181m)を外輪壁に、穴水湾に向かい高度を下げ、丘陵地となる(穴水町の集落誌)。

 

 山岳に源を発する渓流は河川となり、穴水湾に注ぐ。湾内には、カキの養殖棚も数多く見られる。山間の丘陵地では、終戦直後の昭和20年代、緑が丘、由比ヶ丘、旭ヶ丘、大郷、花園(いずれも穴水町)などの多くの開拓集落が生まれ 、養鶏や酪農、菜種や葉タバコ栽培などが営まれた。

 

 特に、100m前後のなだらかな丘陵地が続く二子山周辺では、国営二子山開拓パイロット事業として、農地開拓(557ha、昭和47(1972)年完成)が行われ、酪農やクリ栽培が奨励されたが、未利用のままの土地も多かった。平成12(2000)年には、旭ヶ丘にワイン醸造所が設立され、国営農地のクリ園跡を利用したワイン用のブドウ栽培(12.8ha)が始まり 、新たな畑作風景が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

             図U-7-7 穴水湾の景観パターン(穴水湾〜岩車〜旭ヶ丘)

 

・里海―特徴的な漁労風景

 穴水湾に注ぐ河川の河口では、春の訪れとともに、イサザと呼ばれるシロウオの漁が行われる。イサザ漁は、産卵のためにシロウオが遡上する3月上旬から4月にかけて行われ、「ほうちょう」と呼ばれる四ツ手網を川底に沈め、シロウオが網に入ったらすくいあげる漁法である

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 沿岸近くでは、かつては、海上にたてたやぐらの上で、終日、ボラの群れを見張り、魚が入ったら網をたぐるという江戸時代に始まる伝統漁法に用いられた「ボラ待ちやぐら」が多数見られたが、1990年代に、高齢化や人手不足のため、漁の断念に追い込まれ、観光用のやぐらのみが残されてきたが、近年では、地域住民や学生の手により復活したやぐらも数基見ることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、冬から春先にかけて、沿岸の風物詩として、絹モズクやナマコを小船で採る風景がある。モズク漁は、海藻のホンダワラ類に絡まって生育するモズクを、熊手のような道具を使い、髪をすくようにして採取する。七尾湾のモズク漁は、1月頃に湾奥で始まり、夏にかけ、徐々に湾口に移動する。「絹モズク」と呼ばれる、まだ寒い春先にとれる繊細なモズクは、水深1〜2mほどの浅瀬で、地元漁師が、棒の先にヘアブラシのようなものをつけた手作りの竿を操って採る

 

 ナマコは、4月16日から11月5日までが、禁漁期間となっており、11月6日に漁が解禁される。専用の小型底びき網での漁が主流だが、沿岸の磯では、船からメガネでのぞきながら獲る漁も見られ、冬の風物詩となっている。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

A七尾西湾

・里山―鎮守の森の風景

 七尾西湾は、別所岳(七尾市)を源流とする熊木川や志賀町西部を源流とする大津川などが流れ込み、河口は、かつてはアシが茂る潟湖であった。現在では、大津潟を除き、埋め立てが進み、水田や畑として利用されている。集落は、河川沿いや山際に形成され、河川のつくる低地や段丘は、水田や畑として利用されている。

 

 古くは大陸と交易のあった福浦港と街道でつながっていた土地でもあり、久麻加夫都阿良加志古神社や藤津比古神社など、大陸由来の神を祀る中世の神社が今も残る。海岸に面して立つ唐島神社は、唐島の森として保護されており、カキの養殖棚や小舟の行きかう七尾湾を背景に、水田に囲まれる鎮守の森は、里山里海の原風景を思わせる。集落や林道周辺の山地は、ほとんどがスギ、アテ林であるが、奥に入るとコナラ林、尾根筋にはアカマツ林がみられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・里海―カキ棚のある風景

 小口瀬戸と三ヶ口瀬戸に挟まれた七尾西湾と南湾は、七尾湾口の西方に広がり、比較的海立ち(海深)が浅く、一年を通じて穏やかである。能登島や他の小さな島々(種ヶ島、机島)の存在により、海流が滞留する構造をもっていることから、河川を通じて運ばれる陸域の栄養がたまりやすく、沿岸沖には、カキ養殖のためのカキ棚が多くみられる。

 

 浅海で、底質が砂泥質であることから、海中には藻が繁茂し、藻場を形成し、生物多様性と多様な漁業を支える礎となっている。浅海で底室が砂泥質であることに加え、地形上の制約もあり、定置網の設置にはあまり適しておらず、湾内の浦では、古くからナマコ漁や巻き網漁のほか、刺し網や手繰り網、延縄などによる比較的小規模な漁労が展開されてきた。

 

 七尾湾のカキ養殖は、大正時代に西湾から本格的に始まったとされ、現在では、西湾と穴水湾が中心である。イカダや浮きに、種苗を付着させたホタテ貝の貝殻をロープに通したものを吊り下げる垂下式養殖法が主に用いられ、秋から春先にかけ、マガキが収穫されている。

 

 カキ養殖は、餌を与える必要がなく、カキは、陸域から河川を通じて海に供給される栄養塩と光合成により増殖する植物プランクトンを餌として自然に成長する。カキの収穫は、海中の栄養塩類を間接的に除去することにもなり、七尾湾のような閉鎖性が強く、栄養塩類が滞りやすい海域においては、富栄養化の進行を防ぎ、水質を浄化する役割も果たしている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

B能登灘浦

 崎山半島の観音崎(七尾市鵜浦町)から阿尾城ヶ崎(富山県氷見市)に至る海岸は、灘浦と呼ばれ、なかでも北方に位置する七尾市側は「能登灘浦」と通称される。石動山丘陵から延びる低山性丘陵の末端部が海岸近くまで迫り、磯浜(岩石海岸)をなし、狭い丘陵地の裾野や丘陵間の小平坦地に、小規模な集落が点在している。

 

 灘浦一帯は、富山湾を東に臨み、対馬暖流の影響を強く受けるため、山間地に比べて積雪量が比較的少なく、緩い屋根の勾配をもつ「入母屋造り」構造の民家がみられる。海岸部には、大泊、佐々波、庵、鹿渡島(いずれも七尾市)などの集落がある。丘陵山地が海岸部に迫るため、灘浦の各地区では、集落背後の丘陵地の高台や谷筋に田畑がひらかれた。しかし、耕地面積が少ないため、稲作と畑作に加え、人々は、前面の富山湾を漁場として漁業にも生活の糧を求めてきた。

 

 対馬暖流の分流が、上り潮や下り潮となって流れ込み、比較的大陸棚が発達していることから、近世以前より盛んに定置網漁が営まれ、潮流とともに磯近くに回遊してくる季節ごとの魚を漁獲してきた。集落背後の丘陵山地が、冬場に吹く強い北西の季節風をさえぎるため、冬季間の網取りが可能であり、一年中、安定的に定置網漁を営むことができる。金網(麻苧台網:中網に麻糸を用いたもの)や台網、大敷網(定置網)のほか、鰯網や鱈網により、季節ごとに、ブリやフクラギ、イワシ、タラなどが水揚げされる

 

 能登の定置網は、能登灘浦から七尾湾周辺の能登町沿岸にかけ、大小数多く点在し、日本有数の定置網地帯を形成している。定置網は、漁港から1〜2kmの沿岸域に設置されており、綱を結ぶ浮きが連なり、広大な海面を幾何学的に彩り、線画のように美しい景観をつくりあげている。七尾湾周辺の定置網漁業の歴史は古く、戦国時代の末期から漁業が始まったと伝えられている。天正7(1579)年には、織田信長に出世魚「鰤」を献上した記録も残されており、定置網漁業の発祥地の一つとされている

 

3)特徴的な知恵や技術

@独特の漁法「待つ漁法」

 内浦が面する富山湾は、暖流の対馬海流(表層部)、低温の海洋深層水(深層部)の恩恵を受け、温暖な海の魚と寒冷な海の魚が混在している。加えて、3000m級の日本アルプスから、森の栄養分が豊富に流れ込み、餌となるプランクトンや小魚が豊富で、「天然のいけす」ともいうべき良質な漁場が形成されている。

 

 四季を通じて、回遊性の魚を主とした多種多様な魚が獲れるため、魚の季節周期に合わせた、ボラ待ちやぐら(穴水湾)や定置網漁などの「待つ漁法」が発達した。七尾市の沿岸部に敷設された定置網の特徴は、漁港から漁場までの距離が、沿岸部から1〜2km程度と近いことである。漁港が近いことから、船の燃料も少なくすみ、魚を傷つけずに生きたまま水揚げすることもでき、鮮度の高い魚介類を提供できる ことが特徴である。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 定置網漁法が注目を集めるもうひとつの理由は、他の漁法が魚群を根こそぎ漁獲するのに対し、定置網では、入り込んだ魚群の一部が逃げることができるため、資源保全にもつながる点である。また、あわせて、資源回復をはかるため、網目を粗くし小型魚を逃がすといった工夫や種苗を放流する取組が、漁業者が主体となって行われている。


 

   出典:キッズ日本海学 

<http://www.nihonkaigaku.org/kids/door/fixednet.html>

 

4)生物多様性との関わり

@藻場

 内浦の岩礁地帯では、ヤツマタモクやフシスジモクなどが主体となり、濃密なホンダワラ場が形成されている。春には、多くの種類が繁茂期を迎えて成熟し、ホンダワラ類が海面を覆う光景が随所でみられる。また、七尾湾の砂質地帯は、日本海内湾の大規模アマモ場であり、希少種が多いとして、環境省の「日本の重要湿地500」にも選定されている。

 

 環境省による平成20(2008)年度の浅海域生態系調査(藻場調査)結果からは、定量的なデータは不足するものの、七尾湾で多数のアマモ場が確認され、熱帯域にも分布するウミヒルモが、温帯種であるアマモ、コアマモ、スゲアマモと混在する、多様性の高い藻場が形成されていることが確認されている。

 

 アマモ場は、魚の産卵の場、稚魚の成育の場としても重要であり、特に七尾北湾のアマモ場は、日本海におけるマダラの主要な産卵場所のひとつとされる 。このような豊かな藻場環境に支えられ、里海の海藻や魚介類を利用する能登独特の食文化や生業が育まれてきた。

 

A鳥類

 能登半島は、本州の中央に位置し、日本海に突き出ているため、南北両系統の多種の鳥類が行ききする。また、比較的自然度の高い海岸部や山地、潟など、様々な生息環境があることから、多種多様な鳥類の繁殖地ともなっている。昭和45(1970)年、保護のため捕獲された本州最後のトキの生息地は、能登半島の七尾北湾周辺であった。

 

 能登の山地は、丘陵で地形が緩やかであり、繁殖している鳥類としては、ホオジロ、シジュウカラ、カケスなどがある。種類はそれほど多くないが、越冬期や春・秋の移動期には、鳥類の生息環境として重要な役割を果たしている。畑地では、ツグミ類が採餌し、ヒバリなどが繁殖する。

 

 水田では、サギ類、ホオジロ類が採餌し、中能登以南では、内陸種のシギ類が飛来する。七尾湾周辺では、ガンカモ類(コクガンやマガン)、ヒシクイ、コハクチョウやシギ・チドリ類などが越冬するのをはじめ、多くの水鳥が繁殖する。河川では、中州などで、コアジサシ、コチドリ、イカルチドリなどが繁殖し、水域には、水鳥も多く生息する。

 

 沿岸の岩礁では、環境への依存性が高いクロサギ、イソヒヨドリなどが繁殖し、砂浜は海岸性のシギ類やカモメ類の採餌、休息地となっている。防風林は、春・秋の渡りの時期には、多くの種が通過していく。海上では、沿海には、クロガモ、ビロードキンクロなどの海水性カモ類やカモメ類が生息し、沖合には、ミツユビカモメ、ミズナギドリ類などの外洋性の種が飛来する

 

 


長谷進編著(1992)

地産地消文化情報誌能登vol.6

日本の里山・里海評価―北信越クラスター(2010)pp.80-81

日本の里山・里海評価―北信越クラスター(2010)p.80 及び JFいしかわ穴水支所<http://www.jf-net.ne.jp/ikgyoren/motenashi/anamizu/kinumozuku.html>

日本の里山・里海評価―北信越クラスター(2010)p.81

七尾市史編さん専門委員会編集(2003)

いきいき七尾魚<http://www.jf-net.ne.jp/ikgyoren/motenashi/ikiiki770/01_oishiiwake.html>

日本の里山・里海評価―北信越クラスター(2010)p.80

日本の里山・里海評価―北信越クラスター(2010)p.36

石川県(1993)p.52