世界農業遺産「能登の里山里海」ライブラリー
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伝統技術伝統工芸や伝統技術

里山の伝統技術

1)概要及びGIAHS的価値について

 里山の資源を持続的に利用しながら、木材やきのこ、山菜などの恵みを得るための知恵として、植林の周期に沿った間伐、伐採や管理の技術が挙げられる。 製炭は、里山の資源である雑木林を活用した代表的な産業である。

 

 能登が、木炭の産地として知られるようになったのは室町時代であり、藩政期にかけて、良質なお茶炭が生産され、金沢で茶の湯に使用された。お茶炭は、日本の木炭の傑作とされ、切り口が菊の花のように美しい「菊炭」が用いられる。

 

 炭焼きには、樹木の萌芽更新を促す技術や森林の管理に関する知恵がある。原木となるコナラやクヌギなどは、伐採した後、3〜4年間管理する。切り株から生える木の芽を芽かきし、3〜4本だけ残し、芽が育つまでは、枝の手入れと下草刈りをし、木を育て、20年〜25年のサイクルで再び伐採し、利用する。周囲の雑木は、原木を集める際に伐採するので、風通しもよくなり、炭焼きに適したまっすぐで形の良い木が育つ。

 

 

 図U-4-6 石川県の木炭生産量の推移

(資料:石川県統計書〈明治32〜昭和31年〉、石川県林業要覧〈昭和32年以降〉)

 

 燃料の主役が石油・ガス・電気へと切り替わった昭和30(1955)年代のエネルギー革命により、薪や炭は次第に使われなくなった。それに伴い、雑木林(二次林)の管理も徐々に行われなくなり、また、大規模なスギの植林も始まった。木材価格は、その後低迷したため、現在では、手入れ不足や管理放棄の山林が増えている。それにより、水資源の涵養、土壌流出の防止、生きものの生息環境の保全といった森林の多面的機能が低下しているほか、竹林の拡大、樹木の高齢化によるカシノナガキクイムシの被害なども深刻化している。


2)背景(経緯〜現状)

 加賀藩は、消費する木炭を領内から自給していたため、領内の製炭業者に対して、諸役御免を命じて振興を図った。明治維新後は、庶民の生活が向上し、それに伴い木炭の消費量も増加したため、昭和6(1931)年には、石川県の木炭生産額は、県の総生産額の1.7%を占めるまでとなり、山村経済の中心産業に成長した。

 

 特に、柳田村(現:能登町)は、能登最大の木炭生産地であった。しかし、昭和30(1955)年代のエネルギー革命により、プロパンガスが次第に普及し、木炭の生産量と従事者は激減した。炭焼き従事者は、大正7(1918)年には8000人以上いたが、現在は、約30人にまで減少している。


  

  写真       炭                        炭 窯

 

3)特徴的な知恵や技術

 炭焼きは、原木の伐り出しから炭の箱詰めまで、大きく7工程に分けられ、15〜20日の日数を要する。かつては、原木がなくなると、材料のある山へ移り、その都度、窯も移動させていた。製造工程の詳細は、地域や製炭従事者によって異なり、それぞれのこだわりや知恵、技術がある。


 

  写真     窯焚き  


 最初の工程は、玉切りした原木(決まった長さに切断した原木)を炭窯の中に詰め込む。この時、木の根元側を上にして並べる。窯の入口と煙突穴をふさぎ、焚口から薪に火をつけ、4日間かけて木の水分を抜き、乾燥させる。5日目に煙突穴を開き、焚口を塞ぎ、原木に火がまわるようにして3日間炊き込みし、ゆっくり炭化させる。煙の色がなくなってきたら、すべての穴を塞いで窯内消化を行い、窯が自然に冷めるまで待つ。その後、窯から炭を取り出し、切りそろえる。

 

4)生物多様性との関わり

 炭焼きに使用する樹種は、主に、ミズナラ、コナラ、クヌギ、アベマキなどの落葉広葉樹である。萌芽更新を繰り返して形成された二次林が、薪や炭の材料として経済価値があった頃は、これらの木は10〜30年ごとに伐採され、下草刈りや落ち葉掻きによって、林内は明るく保たれていた。そのため、明るい環境を好む、スミレ類、カタクリ、シュンラン、ツツジ類などが多く見られたが、現在は減少傾向にある。

 

 クヌギやコナラは、樹液を出すため、夏、カブトムシやクワガタなども多く集まってくる。また、枯れた木は油気がないため、薪にはせず、その場にかためて置かれ、小動物のすみかにもなっていた。このように、木の生育サイクルに合わせて、定期的な伐採と適切な管理を繰り返すことで、多様な種類の生きものの生息環境が維持されてきた。

 

5)里山里海との関わり

 自然のサイクルをうまく利用し、森林の再生産が繰り返されてきた里山は、資源が持続的に管理されてきたと同時に、多様な動植物の生態系を維持・保全してきた。また、落葉樹の落ち葉は、腐葉土となり、その養分は雨により流れ出て、河川を通じて海に注ぎこみ、植物プランクトンを育み、豊かな里海をつくりだしてきた。

 

 エネルギー源や建築資材としての木材の需要が減少し、過疎化・高齢化が進行する能登では、地域だけで里山林の管理を行うことが困難になっている。こうした中、近年では、地域外の都市住民やボランティア、NPOなどの多様な主体が、里山林の整備に取り組み始めている。また、珠洲市で製炭業を営む大野長一郎氏は、体験・交流型の活動として、耕作放棄地へのクヌギの植林を進め、お茶炭の産地化を目指す取組を、平成15(2003)年から始めている。

 

<参考文献>

1)岸本定吉(1998)『炭』(株)創森社
2)石川県林業史編さん委員会(1997)『石川県林業史』石川県山林協会
3)赤羽武・加藤衛拡(1984)『炭焼手引草・解題,明治農書全集第13巻(林業・林産)』農山漁村文化協会
4)石川県農村文化協会(1985)『石川県農村文化関係史料第3集 石川県の農林産物とむら―園芸・林業編―』石川県教育委員会発行
5)石川県(1995)『石川県史現代篇(2)』
6)石川県・国連大学高等研究所いしかわ・金沢オペレーティングユニット(2010)『里山里海の伝統的知識・知恵の伝承 石川県の炭焼きと揚げ浜式製塩』金沢大学