三の丸広場

三ノ丸は石川門、河北門の内部の郭を指し、利家が入城した後、 重臣の居邸が建てられたが、その後、これらを城外へ移し、高知番所、 物頭番所が置かれた。高知番所とは、人持組という身分の高い武士が宿直して警備に当った所で、 物頭番所は物頭の役をしたものが宿直して警備に当る時に使用した所。 北側から東側の周囲には藩の初期だけで、直ぐに廃れてしまったと云う。北側から東側の周囲には九十間長屋が造られ、 弓や筒等が保管してあった。