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| 重要無形民俗文化財 昭和51年5月4日指定 おく の と 奥能登のあえのこと 所在地:輪島市・珠洲市・穴水町・能登町 保存団体:奥能登のあえのこと保存会 輪島市三井町洲衛10部 11番地1 (奥能登広域圏事務組合事務局内) 奥能登の農家で行われる田の神祭りで、「あえ」は饗応、「こと」は祭りを意味する語だという。その儀礼の細部は、家によって異なるが、いずれも家の当主みずからの采配によって営まれるのである。 通常は、12月5日に苗代田から田の神を迎えて、座敷の神座(種籾俵)に案内し、入浴していただいてからお膳を勧める。お膳には小豆飯やハチメ魚などをつけ、御馳走の品目一々説明し、目に見えない神を実際いますがごとく接待して、豊作に感謝する。お膳をさげてから家族一同が楽しく食事をする。 田の神は、そのまま家で越年すると信じられ、2月9日には再び12月と同様の儀礼をして豊年を祈り、田の神を送る。民間における新嘗祭や祈年祭の原初的形態をしのばせる素朴な行事として注目される。稲作農耕に従事してきた日本人の基盤的生活の特色を典型的に伝えた民俗として重要である。 昭和60年「石川県の文化財」より |
平成21年9月30日にユネスコの無形文化遺産に登録されました。 |
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| 重要無形民俗文化財 昭和52年5月17日指定 お ぐち 尾口のでくまわし 所在地:白山市 保存団体:深瀬木偶廻し保存会 白山市深瀬新町50 尾口村東二口区文弥人形浄瑠璃保存会 白山市東二口卯-22 白山麓の旧尾口村の深瀬と東二口とに、古くから伝承してきた人形芝居であるが、深瀬地区のは、ダムの建設にともなって、昭和52年(1977)から移転先の旧鶴来町深瀬新町で行うことになった。いずれも毎年2月に演じられている。 腰幕を張った内側を舞台とし、操法は、素朴なでく(人形)の腰部の後ろから両手をさし込んでまわす一人遣いで、でくとまわし手とが一体となり、義太夫節以前の古浄瑠璃に合わせて熱演するところに特徴がある。東二口では文弥節あるいは文弥くずしだと伝え、三味線の伴奏がある。 演目は「源氏烏帽子折」「大織冠」「門出八島」が共通し、このほか深瀬には「熊井太郎孝行之巻」「仮名手本忠臣蔵」があり、東二口には「出世景清」「嫗山姥」がある。 古浄瑠璃時代の芸統を伝える数少ない人形芝居として芸能史的にも貴重である。 昭和60年「石川県の文化財」より |
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| 重要無形民俗文化財 昭和54年2月3日指定 の と 能登のアマメハギ 所在地:輪島市・能登町 保存団体:能登町秋吉地区アマメハギ保存会 能登町字秋吉、 門前町アマメハギ保存会 輪島市門前町皆月、 輪島市面様年頭保存会 輪島市河井町2−287−1 輪島市門前町の皆月地方では、1月6日夜、天狗面などをつけ異様な扮装をした青年が家々を訪れ、お祓い後に子供をおどして怠惰を戒め、家人から餅をもらって辞去する。能登町の秋吉地方でも、2月節分の夜に鬼面の少年が蓑などを着て家々を訪れ、同様の儀礼をする。いずれもアマメハギとよばれる。 このアマメハギと同様のものに、輪島市の輪島崎町の面様年頭がある。1月の14日と20日とに少年が神社の男面・女面をつけて家々を訪れ、お祓いをしてまわる。同市の河井町でも14日に同様の行事をしている。 アマメハギ・面様年頭はいずれも年越しの日に相当する行事であって、年の折り目に神が来臨して祝福を与えるという古い信仰にもとづくものである。行事の内容は細部において相違するが、日本古来の民間信仰の一形態を伝える習俗として重要である。 昭和60年「石川県の文化財」より |
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