昭和50年代初め、ペナントレースを闘っているヤクルトスワローズの広岡達朗監督が富山在住の友人に連れられて「松月」に現れた。折しもチームは無残な連敗中。食事もまともに喉を通らないほど意気消沈していた監督だが、白エビを口にした途端、顔がパッと輝いた。「うまい! 初体験の味だ」白エビ料理を堪能した監督はすっかり精気を取り戻し、その夜を転機にスワローズは連勝街道をひた走ることになった。「松月」の白エビ料理を彩る数々の伝説の一つである。女将の笑子さんは「白エビに豊富に含まれるタウリン効果かもしれませんね」と振り返る。

「富山湾の宝石」とも「海の貴婦人」とも称される白エビは、富山湾特有の海底谷「藍甕」に生息する。体長わずか5、6センチだが、その濃厚かつ繊細な甘みは数多の食通を唸らせてきた。漁獲期は4月から11月。「松月」がコース料理で供する白エビ料理は刺し身、吸い物、唐揚げ、福団子など。なかでも3代目主人・茂さん創案の福団子は、身をつぶさないよう小判状にまとめ、炙っただけのシンプルな料理だが、凝縮された甘みと、もっちりした食感が絶品の珠玉の一品だ。白エビは劣化が早いので、手を氷水で冷やしながら、1尾ずつ手早く殻をむく。本来の味を引き出すため、「手間をかけるより心をかける」のも「松月」の流儀だ。「鮮度が命ですから、水揚げされた土地で、風土とともに召し上がっていただくのが一番です」


北陸新幹線が開業すれば、東京-富山間は2時間余り。首都圏からも気軽に足を運べるようになる。「主人も私も白エビをこよなく慈しんでいます。1人でも多くの方に味わっていただきたいですね」白エビを求めて風情ある港町の名店を訪ねれば、とびっきりの笑顔が出迎えてくれるはずだ。